日ごとの聖書(4月17日)

本日の通読箇所「士師記6:19~24」

ギデオンは、この方が主の御使いであることを悟った。ギデオンは言った。「ああ、主なる神よ。わたしは、なんと顔と顔を合わせて主の御使いを見てしまいました。」

(士師記6章22節)

主のみ使いに料理を提供する場面は、創世記18章にもあります。三人の人がマムレの樫の木の所でアブラハムに現れ、イサクの誕生の予告をした場面です。このときはサラがパン菓子を作っていました。

今回は酵母を入れないパン、肉、肉汁を用意します。ただ主のみ使いはそれらを食べるのではなく、岩の上で焼き尽くしてしまいます。その結果ギデオンは、彼が主のみ使いであることを悟るのです。

この時代、神や神のみ使いを見ると死ぬ、と考えられていました。しかし主のみ使いはギデオンに、死ぬことはないと伝えます。そこでギデオンは主のために「平和の主」という祭壇を築きます。神さまとの新たな関係を記念したということでしょう。