本日の通読箇所「サムエル記上6:10~16」
雌牛は、ベト・シェメシュに通じる一筋の広い道をまっすぐに進んで行った。歩きながら鳴いたが、右にも左にもそれなかった。ペリシテの領主たちは、ベト・シェメシュの国境まで後をつけて行った。
(サムエル記上6章12節)
主の箱を乗せた車は、右にも左にもそれることなく進んで行きました。まさに「帰還」という言葉がよく似合います。車はベト・シュメシュまで進んで行き、ヨシュアの畑で止まりました。
「主の箱が奪われた!」という悲しい知らせは、ベト・シェメシュの人々の耳にまで届いていたのでしょう。主の箱が戻って来るのを見て、人々は喜びます。そして人々はいけにえを主にささげます。
ペリシテの領主たちは主の箱が無事にベト・シェメシュの人たちの元に戻り、そこでいけにえがささげられたのを見届け、自分たちの領地に戻ります。ところで5章までは「神の箱」と書かれていたのに、どうして6章以降は「主の箱」になっているのでしょうか。




