日ごとの聖書(4月16日)

本日の通読箇所「士師記6:11~18」

彼は言った。「わたしの主よ、お願いします。しかし、どうすればイスラエルを救うことができましょう。わたしの一族はマナセの中でも最も貧弱なものです。それにわたしは家族の中でいちばん年下の者です。」

(士師記6章15節)

テレビンの木の下に、主のみ使いが来て座りました。そして酒ぶねの中で小麦を打っているギデオンに現れて語り掛けます。「勇者よ、主はあなたと共におられます」と。ギデオンは、それならなぜミディアンに支配されるようなことになっているのかと尋ねます。

すると主のみ使いは、驚くべきことを言います。「あなたのその力をもって行くがよい。あなたはイスラエルを、ミディアン人の手から救い出すことができる。わたしがあなたを遣わすのではないか」。

これは、ギデオンの召命と呼ばれるものです。ただギデオンは主のみ使いの言葉に対して、自分の弱さや足りなさを一生懸命アピールします。これは果たして、「謙遜」と言えるのでしょうか。