本日の通読箇所「ヨシュア記24:11~18」
わたしは更に、あなたたちが自分で労せずして得た土地、自分で建てたのではない町を与えた。あなたたちはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている。』
(ヨシュア記24章13節)
ヨシュアはイスラエルの全部族の長老、長、裁判人、役人に対して語ります。それは「約束の地」に与えられた土地は、労せずして与えられた物だということ。そのことを、「自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている」と表現します。
わたしたちは奉献のときに、「すべてのものは神の賜物」と言います。しかしどうでしょう。「でも本当は自分で稼いだんだけどね」とは思っていないでしょうか。献金も「出してあげる」となってはいないでしょうか。
ヨシュアはその上で、イスラエルの人々に対して問いかけます。「あなたがたは誰に仕えるのか」と。ただ16~18節の民の言葉をみると、「~してもらったから、主に仕えます」という言い方に聞こえます。御利益宗教のようです。




