本日の通読箇所「コリントの信徒への手紙二7:8~12」
今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。
(コリントの信徒への手紙二7章9節)
今日の箇所の冒頭にある「あの手紙」とはコリントの第一の手紙ではなく、別のものだと考えられています。残念ながらその手紙は残されていません。パウロは涙ながらにその手紙を書いたようです。
パウロの手紙はときに厳しく、読み手を委縮させてしまいます。しかしその背後には、パウロの大きな愛がありました。そしてコリントの人たちが悔い改めたということを聞いて、パウロは喜びにあふれたことでしょう。
11節には「例の事件」という、当人同士にしか理解できない言葉が書かれます。このことからもパウロは常にコリントの人たちを思い、その歩みのために祈り続けていたことがわかります。教会の中でもそのような関係性が求められているのです。




