「塩と光」
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マタイによる福音書5章13~20節
今日の福音書には、このようなイエス様の言葉があります。「あなたがたは地の塩である」。「あなたがたは世の光である」。
世の光、いいですね。「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである」とまで、イエス様は言われています。この言葉だけを聞くと、「そうか、わたしたちは立派なおこないができる、立派な人間なんだ。そのわたしたちは周りの人たちのお手本にならなくてはいけない。そうすることで、人々が神さまを知るようになるのだから」。
確かにそうでしょうが、この言葉はある意味危険なものです。16世紀、17世紀ごろ、ヨーロッパの多くの国で植民地政策がありました。そこでは支配しようとする国は、支配される国の人々よりも優れている。だから近代文明を伝えることが先進国の義務であり、植民地にとってもいいことだと。近代化をおし進め、政治経済を発展させる。そして同時に自分たちの文化や価値観を伝えていく。その中で宗教といった思想についても、結果的に押し付けてしまうことになっていったのです。
今日の「世の光」の箇所だけを読むと、そのような出来事も正当化されてしまうかもしれません。しかしそこにもともと住んでいた人たちの思いが無視されていったという事実があります。
だから今日の「世の光」という言葉ですが、「立派な行い」や「人々の前に輝かしなさい」という促し、そして「あなたがたの天の父をあがめるようになるためである」という目的を間違って捉えてしまうと、ちょっと違う方向に行ってしまうのです。
そもそもこの言葉を聞いていた人たちは、どんな人たちだったのでしょうか。それは病気の人たちや悪霊に取りつかれた人たちでした。そしてその人たちをイエス様に会わせようとして、はるばる遠くから、あるいは異邦人の町からも連れてきた人たち。そのような人たちに、イエス様は語ったのでした。
ボロボロで、自分の力で歩くことすら難しい人たち。そして神さまにしかすがることのできない、そんな人たちに「あなたがたは世の光である」と語られていたのなら、そのニュアンスは大きく変わってくるのだと思います。彼らはきっと、自分には光など当てられていないと思っていたことでしょう。暗闇の中で、人目を避けて生きていかざるをえなかった。そんな自分たちに、イエス様は言うのです。「あなたがたは世の光なのだ」と。
この言葉は、イエス様の周りに集まっていた多くの人たちに、希望を与えたのです。「あなたがたは神さまが愛されている光なのだから、隠れることなんかない。胸を張って生きていけばいい。そしてその姿を見て、神さまの愛に気づく人たちがもっと増えたら、それでいい」。
神さまにすべてを委ね、神さまに生かされていく。そのことを知り、感謝することこそ「立派な行い」なのです。そしてその光を輝かせる場、それは特別な場所である必要はありません。ではイエス様のもう一つの言葉、「地の塩」についても考えてみましょう。「塩」が何なのか、知らない方はおられないと思います。料理をしたことがある方はよくお判りでしょうが、「塩加減」によって、料理の味というのは決まっていきます。塩の量が少ないと味気ないし、塩の量が多すぎると塩辛くなってしまいます。
でもちょうどいい塩梅で塩を振り料理を出したとしても、誰もこう言わないのです。「うわぁ今日の塩、いい味出しているね」って。塩が入れられていることすら誰も気には留めないのです。
地の塩って、そういう人のことを言うのではないでしょうか。イエス様の言葉を聞いていた人たちは、周りの人たちから「あなたたちは何の役にも立たない」と思われていたことでしょう。
塩気もなく、塩味を付けることもできない。何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけのものだと思っていた、そんな人々に対し、「あなたがたは地の塩である」とイエス様は語られたのです。人は気づいていないけれども、あなたがたは塩として、人々の間で生かされている。外に投げ捨てられたり、踏みつけられたりするような存在ではない。大切な神さまの子なのだとイエス様は言っておられるのです。
地の塩、世の光。それは何も特別な存在ではありません。神さまに信頼を置き、神さまにすべてを委ねて生きる人たち。その恵みを隠すことなく、周りの人たちと分かち合って生きる人たち。その人たちこそ、地の塩、世の光なのです。
今日、顕現後第5主日は、日本聖公会では「ハンセン病問題啓発の日」と定められています。昨年、教会ではリトリート旅として、長島愛生園と邑久光明園に行きました。その学びの中で、多くのことを知ったという感想もいただきました。また6月の沖縄慰霊の日にあわせて、沖縄の愛楽園に行かれた話も聞きます。また奈良県宗教者連帯会議のメンバーで、今月の終わりにも長島愛生園に行くことにもなっています。
このような施設や働きを見学するときにわたしたちがまず思うことは、入居者の方々がそこで受けた差別の悲惨さです。また差別をなくそうとした人の働きにも感銘を受けます。でも忘れていけないのは、記録や記憶に残らないたくさんの人たちがそこに関わり、時間や労力をかけ、そこにいる人たちと共に歩んできたということです。
たとえば昨年、邑久光明園の中にある家族教会の渡辺牧師と会い、一緒に礼拝をし、その講演も聞かせていただきました。わたしたちの心や邑久光明園の関係者の方々には、その働きはしっかりと刻まれています。でもそれは、神さまの目から見たら、本当にちっぽけな働きに過ぎないのです。歴史の教科書に載るわけでもない。銅像が立つわけでもない。でも地の塩として、それはとても大切な働きであり、神さまはそれを喜ばれるのです。そしてその光を見たわたしたちもまた、心動かされ、歩んでいくのです。
日本聖公会は、ハンセン病療養施設の中に6つの教会をもっています。青森県の松丘保養園にある松丘聖ミカエル教会、群馬県の栗生楽泉園にある聖慰主教会、東京都東村山市の多摩全生園にある聖フランシス聖エリザベス礼拝堂、熊本県の菊池恵楓園にある菊池黎明教会、沖縄県の沖縄愛楽園にある愛楽園祈りの家教会、沖縄県の宮古南静園にある南静園聖ミカエル教会。
それらの教会の中で、地の塩として歩んでこられた信仰の先輩を覚えます。そしてその名もなき一人ひとりの働きが、わたしたちの間を照らす光としてわたしたちを導いてくれること、本当にうれしく思います。
今日この日、わたしたちもまた地の塩、世の光として用いられますように、わたしたちに与えられた賜物を生かし、わたしたちが神さまの器として神さまの目に適ったおこないができますように、祈り求めていきましょう。




