本日の通読箇所「詩編123編」
平然と生きる者らの嘲笑に 傲然と生きる者らの侮りに わたしたちの魂はあまりにも飽かされています。
(詩編123編4節)
「さげすまれた民の祈り」:巡礼者の歌であり、救いを求める個人の祈りです。この詩は巡礼者が直接、神さまに語りかけています。1~2節では自分の信仰を表明して、憐れみを与えてくれるように願います。
聖書の「憐れみ」という言葉は、わたしたちが思う「かわいそうに」とか「気の毒に」という感情よりも深いものです。「はらわたが震える、締め付けられる」というニュアンスでしょうか。
イエス様はその活動の中で、何度も「深く憐れんだ」と報告されます。ただかわいそうに思うだけではなく、一緒に苦しみ、涙を流される。そのような感情が、聖書の「憐れみ」です。神さまはわたしたちを、いつも憐れんでくださるのです。




