本日の通読箇所「コリントの信徒への手紙二8:1~7」
彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。
(コリントの信徒への手紙二8章2節)
ここからパウロは、現実的な問題について語っていきます。その問題とは、エルサレム教会が困窮していることです。パウロはそのためにコリントの人たちから献金を集め、エルサレム教会に届けていきます。
このことは単に「施し」というだけではなく、ユダヤ人教会(エルサレム)と異邦人教会(コリント)とが一つの民となることも意味していました。相手の貧しさや痛みを共に担い、お互いに恵み豊かになっていくのです。
わたしたちも献金をすることがあります。ただそれが、単なる慈善活動や施し、「~してあげた」ということになってしまったとしたら、どんな意味があるのでしょうか。共に歩んでいくことが大切なのです。




