日ごとの聖書(12月22日)

本日の通読箇所「ガラテヤの信徒への手紙4:12~20」

できることなら、わたしは今あなたがたのもとに居合わせ、語調を変えて話したい。あなたがたのことで途方に暮れているからです。

(ガラテヤの信徒への手紙4章20節)

12節前半にある「わたしもあなたがたのようになったのですから」というのは、パウロが律法を手放したという意味です。しかしガラテヤの人々は以前のパウロのように、律法を守ることによって信仰が満たされると考えるようになってきました。

パウロはもう一度、自分がガラテヤに行った時のことを思い出してほしいと願います。パウロは「体が弱くなったことがきっかけで」と書きます。これはパウロの目が病気にかかったことではないかと言われています。

そのパウロに対してガラテヤの人々は、自分の目をえぐりだしてパウロに与えようとしたというのです。現実的にそれで目が治ることはないとしても、パウロはその心がとてもうれしかったでしょう。そのときの語調に戻したい。パウロはそれを願います。