日ごとの聖書(2月26日)

本日の通読箇所「詩編26:6~12」

わたしの魂を罪ある者の魂と共に わたしの命を流血を犯す者の命と共に 取り上げないでください。

(詩編26編9節)

詩編26編1節には「わたしは完全な道を歩いて来ました」、11節には「わたしは完全な道を歩きます」という言葉が出てきます。「完全無欠な自分」を神さまの前で表明しているわけです。

昨日も書きましたが、自分が完全であると言えば言うほど、その言葉は間違ったもののように聞こえます。イエス様の前でユダヤ人の宗教指導者たちが叱られたように、あまりよくないもののようにも感じます。

しかしある方はこの詩編を読んで、こう言われました。「これは完全さへの努力目標である」と。確かに完全な自分にはなれないかもしれません。しかしそこで何もかも諦めてしまうのではなく、少しでも近づけるようにする。そこが大切なのかもしれません。