わたしは主を愛する~詩編116編~
「1:1 わたしは主を愛する。」
この言葉だけをまず大切にしたい。
いろんなことがあっても、ここにわたしたちの信仰と祈りと生活の中心がある。ここに戻りたい。
「わたしは」人がどうであれ、この世がどうであれ、わたしは。
「主を」ほかに大切なものがあり、心をひかれるものがあるとしても、主を。
「愛する」信じ、迷い、従い、逆らい、あるいは忘れていることがあったとしても、今、わたしは主を愛する。
主の愛がわたしのうちに注がれ、流れ込んでいるのを思いつつ、わたしのほうからも、新しく主を愛する。
この1節が、今日のわたしに伴い、わたしを生かす。
この詩編は主イエスが弟子たちと共にされた最後の食事(過越の食事)の終わりに歌われたとされる。