2020年3月8日 〈大斎節第2主日〉説教

イエスを訪ねたニコデモ
 ヨハネ3:1-17

  司祭 ヨハネ 井田 泉
   奈良基督教会にて

 「さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。」ヨハネ3:1

 今日わたしたちが目を注ぎたいのはこのニコデモという人物です。「ファリサイ派に属する」「ユダヤ人たちの議員」とありますから、イエスを憎んで敵対したグループに属する人で、有力な指導者、聖書の専門家でもあります。かなりの高齢であったかもしれません。そんな人がなぜイエスを訪ねてきたのでしょうか。
 ニコデモは学識も地位もあり、人々から尊敬されている指導者ですが、内に深い悩みを抱えていたのではないでしょうか。何かが自分には足りない。足りないというよりは一番大事なことがわからないでいる。だれにも言えないのですが、ほんとうに深いところから神がわからないのです。聖書を人々に教えているのに、礼拝を導いているのに、神を感じることも経験することもできていない。

 それで平気な人もいます。けれどもニコデモは自分のうちに抱える空しさ、不安に耐えられなかった。何度か聞いたイエスの話、イエスの働きに触れて、このイエスこそは神から来た人だと思うようになり、今夜はとうとう思い切ってイエスを訪ねてきたのです。

「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」ヨハネ3:2

 これはニコデモの心からの告白です。
 ところがこれに対してイエスは言われました。

「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」3:3

 「はっきり言っておく」。この訳し方をわたしは好みません。原文を直訳すれば「ほんとうにほんとうにあなたに言う」です。
 イエスはニコデモの悩み、ニコデモの真実の心を感じとっておられたので、いきなりもっとも大事な、彼にほんとうに必要なことを言われたのです。簡単に言えば、「あなたは生まれ変わらなければ救われない」ということです。
 ニコデモはたじろぎました。自尊心を傷つけられました。いやしくも指導者として人々から尊敬を受けているこの自分に対して、何という失礼なことをイエスは言うのか。しばらくの会話の後、ニコデモはイエスのもとを立ち去りました。

「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」3:8

 そんなふうにもイエスは言いました。何をおかしなことを言うのでしょう。けれどもほんとうは、ニコデモは心の奥底では感じていたのです。イエスは自分がもっとも悩んでいるところ、自分の悩みと苦しみの核心を突いたのだと。言わば彼が抱えている深い病巣をイエスは突き刺したのです。不愉快な経験をした。傷つけられた。しかしそれはニコデモの病を根本的に癒す手術の言葉だったのです。

 それからしばらくして、イエスを捕らえて死刑にしようという動きが活発になり、彼が議員を務める最高法院でもイエスへの非難の声が高まりました。ニコデモはそれを心配し、イエスを擁護するような発言をしたのですが、かえって彼自身も非難されて沈黙せざるを得ませんでした。ついに彼の心配は現実となり、イエスは捕らえられ、最高法院で死刑判決を受け、ローマ総督ピラトの命によって十字架につけられて殺されました。
 ニコデモの心はうずきました。耐えがたい苦しみでした。彼がイエスから受けた傷は、イエスの自分に対する愛のゆえの傷なのです。彼は立ち上がってたくさんの没薬(もつやく)と沈香(じんこう)を購入し、30キロもある重たいものを運んで行きました。イエスを葬るためです。彼があの夜以来、いま再び見たイエスは、傷ついて血にまみれて十字架から降ろされて横たわった姿でした。
 イエスがあの夜、ニコデモに言ったことが今起こっています。風が、聖霊の風が、自分の中に吹き込んでいます。自分はこの方を信じこの方とともに死ぬ。地位も名誉も一緒に、自分自身をこの方と一緒に葬ってしまおう。それしかもうないのです。もう何もこわいものはありませんでした。地位や立場や名誉への固執は消え去っていました。この十字架のもとに横たわるイエスとの出会いによって、ニコデモの救いが、神の国への道が開かれていました。ニコデモは新しく生まれつつあります。イエスがあのとき言われたとおりです。

 わたしたちはどうしましょうか。夜、イエスのもとに行くのです。自分の闇と悩みを抱えてイエスのもとに行くのです。ニコデモを愛されたイエスは、わたしたちを愛しておられます。イエスの愛がわたしをみもとに引き寄せ、わたしの病巣を刺し貫きます。それによってわたしの癒しが起こります。わたしの傷はイエスの傷とつながり、新しいわたしが始まります。神の国がわたしたちの前に開かれています。