日ごとの聖書(9月3日)

本日の通読箇所「詩編102:1~12」

打ちひしがれた心は、草のように乾く。わたしはパンを食べることすら忘れた。

(詩編102編5節)

「復興のための祈り」:7つある悔い改めの祈りの5つ目です。表題に【祈り。心挫けて、主の御前に思いを注ぎ出す貧しい人の詩。】とあります。この独特の表現は何を意味しているのでしょうか。

この詩には、苦しみが多く描かれています。当時、人が嘆きの中にあるときには、頭から灰をかぶるという慣習がありました。10節の「パンに代えて灰を食べ」という表現は、頭から落ちた灰が食事にも入っている様子を指しているのかもしれません。

神さまが拒絶をされている中で、わたしたちは何に希望を見出せばよいのでしょうか。「食事が喉を通らない」ほど、悲しみ、暗闇の中に落とされたときに、わたしたちは何にすがりつけばよいのでしょうか。