本日の通読箇所「ローマの信徒への手紙9:19~26」
神はわたしたちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。
(ローマの信徒への手紙9章24節)
2019年に、スカーレットという朝ドラが放映されました。もう5年前の放送ですのでうろ覚えですが、主人公は焼いた物の出来が悪かったら、地面に投げつけて割っていたような気がします。(違ったらごめんなさい)。
では「憐れみの器」というものは、どういうものでしょうか。想像してみましょう。神さまは天地創造の際、「それは極めて良かった」と造られたものに満足されました。そこには人間も含まれていました。
ところが罪を犯し、エデンの園を追われ、自分の力では神さまの前に立つことが出来なくなった人間は、神さまからみたら「失敗作」と言えます。しかし神さまはその器を割ることなく、大切にしてくださる。その憐れみの中で生かされている器でありたいものです。