日ごとの聖書(3月31日)

本日の通読箇所「士師記2:6~15」

その世代が皆絶えて先祖のもとに集められると、その後に、主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代が興った。

(士師記2章10節)

ヨシュアや、彼と共に神さまの不思議な業を見た長老たちは、みな亡くなっていきます。その中でイスラエルの人たちは、神さまの目に悪とされることをするようになってしまいます。「主のみ業」が伝承されていかなかったのです。

イスラエルの人たちは、バアルとアシュトレトという異教の神々に仕えるようになってしまいます。この仕えるというのがどのレベルのことを言っているのかはわかりません。積極的にお供えをするのか、そこに像が立っているのを見て見ぬふりをしたのか。

ただここで神さまは、怒ります。「わたしだけを見て!」と、まるで異性に対して束縛を求めているようにも感じます。旧約聖書では神さまが自分のことを「妬む」と言ったこともあります。それほどまでに民を愛しているということなのでしょうか。